2025/11/16

神の愛。最初の愛。自己愛

人はみんな、愛し、愛されたいと思っているのではないか。それは嬉しい、楽しい。そこに喜びがある。しかし、世間の人間関係は愛に溢れてはいない。

ヨハネの手紙1 4:16
神は愛です
神=愛とすると、的外れとは、愛を大切だと思わないこと。
そうなってしまう理由の一つは、自分や家族だけが大切というエゴイスティックな自己愛だろう。愛し、愛されるのは他者との関係だ。自分だけが大切となると、他者との関係が無くなる。人間は放っておくと、エゴイスティックな自己愛に陥ってしまう。そこから回心して、他者との愛に戻ることが必要なのだろう。
最初に人から愛されて、愛を知る。愛を知らなければ、人を愛することはできない。他者と愛し愛される関係になれない。普通は、その最初の愛は親からもらう。しかし、親の愛を実感できない人もいる。
また、親の子に対する愛は「自分の」子に対する愛であり、半分自己愛が入っている。遺伝子保存本能=自分の遺伝子を残したいという本能も入っている。その意味では、純粋な他者への愛とは違う。
キリスト教徒なら、神の愛を実感して、その愛が最初の愛になるだろう。

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